binom-erとゆくオーディオブランド巡り-オーディオデザイン社
国産ハイエンドオーディオの最前線を訪ねて
CAMERTONのフラッグシップヘッドホン「Binom-ER」を携え、かねてより憧れていた国産アンプメーカー「有限会社オーディオデザイン」を訪問しました。かつて憧れたDCHP-100の記憶を振り返りつつ、13年ぶりに登場したDCHP-200とBinom-ERによる試聴を通して、音と設計思想をめぐる静かな対話が生まれました。
忘れられなかった一台と、13年ぶりの再会
筆者にとって日本のオーディオメーカーである「オーディオデザイン」は、長らく憧れの存在でした。
ヘッドホンの世界に大きな変化が訪れたのは、2009年のことです。ドイツのゼンハイザーがHD800を、同じくベイヤーダイナミックがT1を発表し、それまでの常識を塗り替えるような高価格帯かつ高性能なヘッドホンが登場しました。
もちろん、それ以前にも高価なヘッドホンがまったく存在しなかったわけではありません。しかし、この頃から“ヘッドホンオーディオ”というジャンルが、ひとつの分野として確立し始めたと言えるでしょう。
その当時、市場には”本気の”ヘッドホンアンプと呼べる製品はまだ多くありませんでした。そんな中、異彩を放って登場したのが、2011年発売の「DCHP-100」です。

広帯域・低歪・高SNという基礎設計を備えながら、前面に大きく飛び出したアドバンスドL-padアッテネーターが目を引く独特な外観。音質面でも実力が高く、当時すでに20万円という価格は、ヘッドホンアンプの中では際立っていました。現在では20万円という価格はトップオブトップとは言えませんが、当時としてはかなり思い切ったハイエンド機であり、筆者にとっては手が届かなかった“憧れの存在”でした。
今回、CAMERTONのBinom-ERを携えてオーディオデザインを訪問するにあたり、当然のようにDCHP-100の話題が口をつきました。代表の大藤氏は、次のように話してくださいました。
「当時、単体のヘッドホンアンプがほとんど市場になかった。それで、複数のお客さんから“良いアンプがないから、作ってくれないか”と要望が来ていたんです」
その言葉を聞いたとき、DCHP-100という製品がただの技術志向ではなく、実直なニーズに応えた結果として生まれたものであることを知り、あらためて強く惹かれました。
そして2024年。オーディオデザインから13年ぶりに新たなヘッドホンアンプが発表されました。その名はDCHP-200。記憶に残るDCHP-100と名を同じくするこの新作が、どのような音を聴かせてくれる のか──筆者としては、自然と期待が高まりました。

DCHP-200に宿る、オーディオデザインの哲学
DCHP-200は、見た目こそ以前のモデルから大きく変わりました。前面に飛び出すアッテネーターのような象徴的な意匠はなく、サイズ感も含めて、現在の据え置き型ヘッドホンアンプらしい落ち着いたデザインに仕上がっています。
ですが、その中には、オーディオデザインというブランドが一貫して追求してきた合理的なものづくりの姿勢が、確かに感じられます。
まず目を引くのは、現代的な接続環境を強く意識したインターフェース構成です。4pinXLR、3pinXLR、4.4mmバランス、6.3mmアンバランスと、ヘッドホン出力だけでも4系統を装備し、XLR/RCAそれぞれ2系統の入力、さらにプリアウト出力まで備えています。機能的な柔軟性が飛躍的に高まっているのは間違いありません。

そして実際に音を聴いてみて、最も印象に残ったのはその“素直さ”でした。
DCHP-200の音は、ワイドレンジでありながらも情報量に頼った圧迫感がなく、分解能は高いものの、決して硬質になりません。空間の描き方は自然で、一見淡々としているようで、実際の音楽は自然な抑揚とともに活き活きと鳴っていました。
このバランスは、「クール」や「フラット」といった単語では語り切れない、基礎設計の丁寧さがもたらす音だと感じました。
思えばオーディオデザインというブランドは、昔から派手な謳い文句を用いることがほとんどありません。DCHP-200の製品ページにも、オーディオ製品でよく見られる魔法のような誇張表現は一切登場しません。回路構成、周波数特性、歪率といった数値的事実と、合理的な設計思想だけが静かに記されています。
ですが、その“語らなさ”の裏側にある、精密な仕事と音への自信は、音を出せばすぐに伝わってきました。
DCHP-100の登場から13年。オーディオデザインは、大きくは変わっていないように見えますが、確実に“深化”していると感じました。
Binom-ERとの組み合わせで確認したDCHP-200の実力
今回、オーディオデザインを訪問した主目的は、CAMERTONのBinom-ERを試聴していただくことでした。
再生系には、オーディオデザイン製のDAコンバーター「DCDAC-180」を使用し、ネットワークトランスポートからROON経由で再生しました。ヘッドホンの接続にはXLR4pin端子を用いています。

Binom-ERは、現在取り扱っている製品の中でも、とりわけ信号系への反応が鋭いモデルです。アンプ側の設計や音づくりが、そのまま描き出される傾向を持ち、ある意味でアンプの特性を明らかにする試金石といえます。
DCHP-200との組み合わせにおいて、まず感じられたのは、分離の良さと情報量の多さでした。各音が混濁することなく自然に展開し、細部の描写も精緻でした。にもかかわらず、音が硬くなったり、角が立ちすぎるような印象はなく、全体として非常にナチュラルにまとまっていたと感じます。
また、定位感や音場の広がりも安定しており、空間の再現に違和感を覚える場面はありませんでした。
DCHP-200は、Binom-ERの持つニュートラルかつ高解像な特性を損なうことなく、システム全体としての完成度を高いレベルで引き出していました。誇張のない、実直な音づくりが印象的であり、まさにオーディオデザインらしい仕上がりであると感じました。
大藤氏の試聴の感想は、オーディオデザインの公式YouTubeチャンネルでも公開されています。動画内では技術的な考察とともに、「帯域バランスがいいと思います。私のようにスピーカーを普段聴いている人からしても非常に違和感がなく聞こえました」とコメントされています。
▼オーディオデザイン公式YouTubeチャンネルによるレポート動画はこちら
おわりに──“特別な一台”から、“確かな選択肢”へ

筆者にとって、DCHP-100は憧れの存在でした。手にすることは叶いませんでしたが、当時としては異例ともいえる価格と設計思想に強く惹かれた記憶があります。
今回、Binom-ERという極めてシビアなヘッドホンを通して、13年ぶりに登場した後継機DCHP-200と向き合ったことで、その「続編」がどのように進化し、何を受け継いでいるのかを確認する機会となりました。
DCHP-200には、派手な外観やキャッチーな訴求はありません。ですが、その中には、オーディオデザインというブランドが一貫して追求してきた「素直で、誠実で、合理的なものづくり」の姿勢が明確に感じ取れました。

ヘッドホンオーディオという分野は、2009年以降急速に広がり、今や数十万円級のヘッドホンやアンプが珍しくない市場となっています。DCHP-200は、そうした成熟した今の時代においても、安易に流行に乗ることなく、設計者の哲学と技術がしっかりと息づいた製品であると感じます。
特別な一台として憧れたDCHP-100。
その精神を受け継ぎ、今は確かな選択肢として、自信を持って勧められる存在となったDCHP-200。
ヘッドホンオーディオがここまで成熟した今だからこそ、このような地に足のついた製品の価値を、改めて見直したいと思います。
オーディオデザインのWebサイトはこちら
日本のオーディオブランド巡りは、これからも続きます。
